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トニー滝谷(2005年)

昨年亡くなった市川準監督の『トニー滝谷』(2005年)を観たいと、ここしばらくずっとTsutaya Discusで順番待ちをしていたのだけれど、在庫枚数が少ないわりに借りたい人が多いらしく、半年以上待っても順番が回ってこなかった。
昨日、ふと気が向いて近所のレンタル店に出向いたら、ぽつんと棚にあった。この店でも過去何度も探したのだけれど見つからず、どうして昨日になって見つかったのかよく分からない。見つかるときには見つかるから、風を待ちなさい、ということなのだろうか。

そもそも、市川監督の過去の映画は、レンタルで借りるのがけっこう大変なのだ。たぶん市川準は、レンタル店の見立てよりはファンの多い監督なのだと思う。見逃している『東京夜曲』(1997年)なんて、もうどこのレンタル店を探してもない。何とかして下さい、とこの場で言っても効果はないと思うけれど、いちおう書いておきます。

ということで、『トニー滝谷』。映画というよりは、村上春樹原作の話に映像をつけましたといった風情の、映像小説の趣きで、これが、なかなかいいのだ。
セリフを極端に少なくして、小説のなかの文章を西島秀俊のナレーションでところどころ流す、という方法が、この映画の場合はうまくいっている。その文章の選び方が、さりげなくそれでいて肝を外さず、村上春樹のいささかくどい部分をさらっと料理していて、絶妙だ。
ナレーションの淡々としたリズムもいい。途切れそうで途切れなくて、縷々として流れるようで。面白いのは、そのナレーションの最後の一節だけを登場人物が受け取って、突然セリフのように話す演出がされていたこと。
こういう外連はたいがい嫌みになるのだが、ぎりぎりのところでそうならず、人物をメタ化することによって逆に、人物につきまとう「どうしようもない孤独感」が浮き出てきた。
なるほど、こういう演出もあるのか。

主人公はイッセー尾形。その妻に宮沢りえ。宮沢りえ扮する妻は、ふつうに世間に放り出して見ると、いささか「アブナイ人」ということになるのだろうが、これもぎりぎりのところでりえの透明感に救われている。イッセー尾形はあまりにも「メタ」でありすぎて、私には逆に物足りなかった。ナレーションの西島秀俊あたりがやったらどうだったろうか。でも、それではダメなんだろうな、きっと。

妻が死んだあと、妻の残した洋服をイッセー尾形が見つめるシーンがいい。このシーンの主人公は、イッセー尾形ではなく「洋服」なのだ。洋服をあんな風に撮った映画を、ほかにあんまり知らない。父の残した黴臭いレコードもそうだけれど、「もの」の重苦しさ、「もの」への畏怖が惻々と伝わってくる。所有することは息苦しいことだから。
『イングリッシュ・ペイシェント』(1996年)のなかで、主人公のレイフ・ファインズが恋人のクリスティン・スコット・トーマスに「嫌いなものは?」と問われて、「所有し、所有されること」と答えたシーンを思い出したりした。

監督:市川準 
原作:村上春樹
音楽:坂本龍一
出演:イッセー尾形、宮沢りえ
ナレーション:西島秀俊
by shino_moon | 2009-08-09 11:27 | 映画(タ行) | Comments(2)
Commented by moon_dreams at 2009-08-13 10:27
はじめまして。
『トニー滝谷』は村上春樹の原作は読んだことがあるものの、
映画版のほうは観たことがなかったので、
こちらのレビューはとても参考になりました。
映画を観ていないので何とも云えませんが
簡潔で的を射た表現で書かれていて、
余計映画を観てみたくなりました。

わたしはこの作品を読んで、孤独というものについて深く考えさせられ
このテーマについて日記に書いてみたのですが、
考えれば考えるほど深い沼にはまっていくような感覚に陥ってしまいました。
同じ『トニー滝谷』というテーマについて書かれていたので
突然失礼かとは思いつつもトラックバックさせていただきました。
所有することは息苦しいこと、確かにそのとおりですね。
すべての「もの」から解放されたとしたら、どんなに楽なことか。
でも、なかなかそう思い通りにはいかない。
そういった矛盾や葛藤を抱えながら生きていくのは辛いけれど、
ひととして生まれた以上仕方のないことなのかもしれません。。

突然お邪魔して、長々と失礼致しました。

Commented by shino_moon at 2009-08-13 22:24
moon_dreamsさん、はじめまして。
ご訪問、ありがとうございます。
村上春樹の小説は私も好きです。
映画版『トニー滝谷』は、小説のエッセンスを壊すことなく、けれども映像作品としても独立しています。「孤独」の描き方に工夫があり、しずかに心に残ります。よい作品です。
機会があったら、ぜひご覧になって下さい。


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