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おかあさん(1952年)

 9月1日から京橋のフィルムセンターへの成瀬詣でが始まった。未見の作品を中心に、10月末までの会期の間に、何本か観ていきたいと思う。
 第1弾は、句友の祐天寺閣下、六番町さんとご一緒して、田中絹代主演の『おかあさん』。

 のっけから風景がすばらしい。小さな平屋建ての家がぽつぽつと並ぶ町並み。簡単な玄関を入ると、小さな炊事場の付いた三和土、奥の2間に家族6人が寝起きする簡素な暮らしだ。三和土は即仕事場でもある。クリーニング屋はここでアイロンをかけ、印刷所はここで輪転を廻す。
 囲いなんてないので、窓を開けるとすぐそこが道である。あちこちにくずれた塀や廃材などがごろごろしている。人通りがあり建物があってもどこかがらんとしていて、それゆえにのびやかな空気がある。
 向ヶ丘遊園が話の中に登場したので、舞台は小田急線沿線の郊外なのだろう。昭和27年頃のこのみごとな町並み、驚くことにセットである。成瀬のロケ嫌いは有名だ。

 母が田中絹代、娘が香川京子。6人いた家族がひとり減り、ふたり減り、クリーニングの仕事を手伝ってくれる男(加東大介)が出入りし始めたりするがそれもいつか去り、預かっていた甥っ子の「てっちゃん」(この子役がなんともいい味)もやがては母親の元へ帰って行くのだろう、という予感がある。そんななかで家庭と子どもを懸命に守る母と、けなげに明るい娘の話である。
 「文部省推薦」的な湿っぽさがない。寂しい話なのだが、カラッと乾いた、不思議な透明感がある。
 成瀬の演出のたまものなのだと思う。人々の内面を描くのではなく、外から見えるままに描く。香川京子はおきゃんだし、ボーイフレンドのパン職人の岡田英次は剽軽者。父の死後、残された田中絹代と加東大介の仲を周囲は怪しむが、演出がふたりの心情に踏み込まないので、最後まで怪しいまま加東大介は去っていく。なんだか妙な、可笑しいような哀感のような気分が残る。

 昭和20年代の気分を、私は知る由もないけれど、もしかしたらこの透明感は、あの時代の色だったのかもしれないと思う。貧しくつつましく、誰も内面をどろどろと引きずったり自分を探したりするような「暇」がなかったのかもしれない。ただ一日一日を明るく暮らすことが、「生活する」ということだったのかもしれない。
 この映画には、そういう可笑しさや哀感をすべてひっくるめたような明るさがある。

監督:成瀬巳喜男
出演:田中絹代、香川京子、岡田英次、片山明彦、加東大介、鳥羽陽之助、三島雅夫、
中北千枝子、澤村貞子
by shino_moon | 2005-09-07 00:31 | 映画(ア行) | Comments(4)
Commented by 祐天寺人民英雄 at 2005-09-08 12:24 x

 昭和20年代の気分を、私は知る由もないけれど、もしかしたらこの透明感は、あの時代の色だったのかもしれないと思う。貧しくつつましく、誰も内面をどろどろと引きずったり自分を探したりするような「暇」がなかったのかもしれない。ただ一日一日を明るく暮らすことが、「生活する」ということだったのかもしれない。

卓見でござる。
あの頃、家の中は暗かったが、空は青かったぜ。
Commented by shino_moon at 2005-09-09 00:53
祐天寺閣下、こんばんは。
成瀬の映画のシンプルさには、ほんとうに惹かれます。
またご一緒しましょう。ぜひ。
Commented by rakoyo at 2005-09-18 16:11 x
学生時代そういえば通いました
思い出映画で近く検証してみます。
Commented by shino_moon at 2005-09-20 13:21
takoyoさんの学生時代は、フィルムセンター通いだったんですか。
うらやましいです。
あそこは一度火事になって、多くの貴重なフィルムが焼失したそうですが、再建され、ファンにはうれしい特集上映を安い料金でやってくれるので、ときどき行きます。


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