人気ブログランキング | 話題のタグを見る

秋津温泉(1962年)

9月以降に観た映画のことを、少しずつ書いていきます。

『秋津温泉』。吉田喜重監督、岡田茉莉子主演。

この映画は、岡田茉莉子の女優デビュー100本目の映画として松竹でつくられ、茉莉子自身が監督に吉田喜重を指名している。まだ29歳だった岡田茉莉子がすでに99本の映画に出ていた、というエピソードだけでも、当時の映画業界の一端がうかがえる。原作は藤原審爾。

温泉旅館の娘(岡田茉莉子)と、太平洋戦争から帰還したが希望を持てず、死に場所を探すように秋津温泉にたどり着いた男(長門裕之)の17年にわたる恋愛映画だが、その背景には急速に変化の進む戦後社会があり、絶望しながら何となく時代に流されて行く男、時代から取り残される温泉と女の没落を描いている。

構造的には典型的な「メロドラマ」なのだが、長門裕之がなにやら得体の知れない頽廃をまとっており、それが私にはちょっと新鮮だった。彼のもつ軽妙さのせいかもしれない。「戦争によって得た虚無」という設定が、長門にかかると、その人物がもともと生まれ持っている優雅な自堕落さになる。そして、若く溌剌としていた岡田茉莉子が、どんどんその毒に染まって不幸になってゆくのだ。

長門裕之は、病気療養のために降板した芥川比呂志の代役だったそうだ。芥川比呂志だったならばもっと文芸色の強い映画になったかもしれないが、長門裕之の軽さによって深刻さを免れつつ、根源的な哀しみの映画になった。いまの時代に観ても充分に楽しめる。

岡田茉莉子はかわいらしさ、艶っぽさ、儚さを、この一本の映画の中で演じ分けている。小津や成瀬の映画での「おきゃんな娘」しか知らなかった私には、こちらも新鮮でうれしかった。


余談だが―――。
吉田喜重の映画を観ようと思ったのは、『女優 岡田茉莉子』(文春文庫)という本を読んだからである。岡田茉莉子の自伝なのだが、この本が面白かった! 

父が俳優の岡田時彦、母は宝塚女優という生い立ちからして、もう日本芸能史の申し子なわけだが、彼女自身の出演作を網羅するだけで、日本の映画史、商業演劇史、テレビドラマ史を俯瞰することになってしまうということを見抜いた文藝春秋の編集者も素晴らしい。自慢するでもなく、関わった仕事について淡々と語る文章が読みやすく、小津映画も東映やくざ映画も角川映画も、出演女優として、同じ目線で語る冷静さにも好感が持てる。

吉田喜重が岡田茉莉子の夫だということはもちろん知っていたが、私が映画を観始めた頃にはすでにほとんど映画を撮っておらず、リアルタイムでは松田優作と田中裕子の『嵐が丘』(1988年)しか観たことがない。この映画については、舞台をイギリスから日本の中世に移し、正直に言うと、小難しい心理劇に仕上がっていたというあやふやな記憶しかない。

吉田喜重映画のすべての作品について語っているという意味では(茉莉子が出ていない映画も含めて)、『女優 岡田茉莉子』は「吉田喜重本」と言ってもよく、資料としても大いに読み応えがあった。吉田喜重について語るとなにやら褒め言葉が多くなるところは、むしろ夫への信頼と愛情がうかがえるようで、可愛らしく、ほほえましい。

監督:吉田喜重
出演:岡田茉莉子、長門裕之、宇野重吉、日高澄子、小夜福子、山村聡 ほか
by shino_moon | 2013-10-08 23:11 | 映画(ア行) | Comments(0)


<< そして父になる(2013年) ナナとレオ >>