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百日紅(2015年)

日本橋のシネコンで映画『百日紅』を鑑賞。監督は『クレヨンしんちゃん』シリーズ等の原恵一。じつは、前評判の高かった原監督の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』(2001年)は劇場で観た。アニメの名作と言っていいと思う。なつかしいね。

ということで『百日紅』。杉浦日向子の漫画が原作だが、主人公・お栄(北斎の娘)の盲目の妹のエピソードに焦点を絞ったせいか、人情ものとしてまとまってしまって、原作のファンとしてはいささか物足りなかった。「女の子」と「アーティスト」の間を行き来するお栄の心情や、北斎の奇人変人ぶりをもう少し描いてほしかったかなあ。

でも、江戸の風景は、現実と幻想のさじ加減が絶妙で、アニメーションとしてとてもよく描かれていたと思う。実写にはできない飛躍ができるのが、アニメのいいところ。日本橋の映画館で江戸時代の日本橋の風景を見るのも、なかなかオツなものでした。

杉浦日向子と言えば、彰義隊の最期を描いた『合葬』も今年実写で映画化されるそうだが、こちらはちょっと観る気がしない。なぜなら、杉浦日向子の原作が素晴らしすぎて、あの空気感を実写で出せるとは思えないからだ。滅びゆく時代、滅びゆく体制、滅びゆく若者たちの狂気と哀切。杉浦日向子は江戸を愛しすぎていたから、明治政府を心情的に受け入れ切れていなかったのではないだろうか。彰義隊の少年たちの描かれ方を読むと、そんな風にさえ感じる。

杉浦日向子ものでは『百物語』も好きだ。怪談だが、そんなに怖くない。今に比べると総体的に貧しく、ちょっとした病気で簡単に命を落とした時代。死はつねにすぐ隣に潜んでおり、死者とか妖怪が現代と比べものにならないくらい親しいものだった。闇の深さに隣り合う人々の「生」が、この本の中には豊かにあふれている。

『百日紅』つながりで、太田記念美術館の『広重と清親 清親没後100年記念』展へ。安藤広重と小林清親の浮世絵の中から同じ風景を選び出し、並べて展示しているのだが、これが存外面白かった。

清親は広重より50年遅れて誕生しており、絵師として活躍を始めたのは明治になってからだ。なので、同じ場所でも、清親の絵では煙突が立っていたり、煉瓦の建物があったりしていて、時の移り変わりを体感できる。さらに、清親は明治時代に入ってきた西洋絵画の影響を受けていて、構図や手法に、やはりどことなくモダンな匂いがするのだ。

とはいえ、描かれているのは同じ日本の風景、同じ東京であり、その時代に大きな変革があったのだとしても、そこに生きていた人々にとってはひとつながりなのだ、ということを、ふたりの浮世絵のおかげで、なんとなく実感することができた。歴史上の区切りとして「江戸時代」「明治時代」と分割して記憶しているものは、生活レベルから見るとひとつながりの時間だ、なんてことを意識するチャンスは、もしかしたらなかなかないかもしれない。貴重なチャンスだった。

美術館の一角に、北斎の娘、お栄の肉筆画が1点だけ展示してあった。お栄の絵画はほとんど残っていないそうで、そのなかの貴重な1作だが、これが、江戸時代の郭を描いた絵画とは思えない、西洋風な幻想性を湛えていて、なんといえばいいのだろうか、とにかく、この絵からも「江戸時代」の固定イメージは覆されたのだった。
by shino_moon | 2015-05-29 13:43 | 映画(サ行) | Comments(2)
Commented by のよ at 2015-06-01 21:22 x
百日紅、観たいと思っていたのですよ~。
でもしのさんの記事を読んだら、杉浦日向子をもっと読まなくては!という気持ちになりました~。
お栄の声は杏ちゃんだよね? 杏ちゃんって姿も演技もインパクトがあり、すでに大女優の風格があるのに、乙女のような可愛らしさもあって大好き! その上、彼女の美点はあのよく通るイナセな声にもあるんだと、この映画の予告編を観て思いました。
Commented by shino_moon at 2015-06-02 22:50
のよさん、『百日紅』は映画としてはいいと思うよ。
ただ、どうしてもエピソードを絞らなくては2時間以内に収まらないから、原作ファンとしてはちょっと残念だった、というだけで。
杏ちゃんは私も好き。大柄なのに可憐な感じがあって。
それから、歴史好きで古風な性格もいいよね。


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