ジェニー(アデル・エネル)は、小さな診療所に勤める女性医師。近く大病院へ移ることが決まっている。
夜遅くまで研修医を指導していたある夜、午後8時に呼び鈴が鳴ったが、出ようとする研修医をジェニーは止めた。診察終了から1時間もあとだったからだ。ところが翌朝、近くで身元不明の少女の死体が発見され、監視カメラを調べた結果、昨夜8時に呼び鈴を鳴らした少女だと分かる。あのとき扉を開けていたら、彼女が殺されることはなかったのではないか……大きな責任を感じたジェニーは、少女の身元を突き止めるため、独自で聞き込みを始める。
ジェニーに扮するアデル・エネルの存在感が独特だ。いわゆる「先生」と呼ばれる人のオーラを持たない。かといって、頼りにならないわけではない。精神的に患者の近くにいるという空気を醸し出しているのだ。泥臭いと言ってもいい。そして、よくあるステレオタイプの医師のありようではない彼女の存在が、この映画の空気を決定している。
幹線道路沿いにある診療所はいつも車の騒音が聞こえ、訪れる患者も富裕層ではない。こうした世界の中に、ジェニーは溶け込んでいる。午後8時に扉を開けなかったのは彼女のミス、というか彼女らしくないのだけれど、その辺りの、ある種の不安定さのようなものにも、彼女の若さ、人間っぽさを感じる。そして、事件のあとジェニーは大病院への引き抜きを断り、亡くなった少女の身元を突き止めようと奔走するが、そこには正義感や責任感ではない、意識せずして社会のなかの弱者の方に帰属しようとする彼女の資質のようなものを感じるのだ。それゆえ、彼女には言いようのない危うさがある。けれどもその危うさには、惹きつけられる何かがある。
サスペンスとしてこの映画を観ようとすると、いささか肩すかしを食うかもしれないけれど、アデル・エデルのヒロイン造形には奥の深さがあり、見応えがある。ラストシーンもいいです。
監督:ダルデンヌ兄弟
出演:アデル・エネル、オリヴィエ・ボノー、ジェレミー・レニエ、オリヴィエ・グルメ ほか