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ペパーミント・キャンディー(1999年)

 映画にめちゃくちゃ詳しい句友の狂流さんから、『オアシス』という韓国映画を薦められた。『ペパーミント・キャンディー』と同じ監督だと聞いて、ぜひ観たい、と思った。
 そういえば、数年前、とても強い印象を受けて、レビューを書いたのだった。ついでなので(なんのついでかは、よく分からないが)、手を入れて、アップしてしまうことにする。

 映画が始まって40分くらいまでは、「奥田瑛二主演、3回シリーズのNHKドラマ」みたいな映画だなあ、と思った。
 バストアップのツーショットを、じっと動かずに端正に映し続けるカメラには面白いと思える部分がほとんどないし(べつに手持ちカメラをぶん回すのがかっこいいとも思わないけれど)、風景はといえば、東京近郊のどこかがロケ地だといわれれば疑わないほど、日本のそれとそっくりだ。
 でも、中盤を過ぎるあたりから、この映画の仕掛けが俄然際だってきて、目が離せなくなった。

 1999年に自殺する中年男の人生を、その年を起点として1979年までさかのぼる。たんにフラッシュバックするのではない。逆行する時間の流れは一方通行で、流れ落ちる滝のように、ひたすら激しく過去へ流れ去るばかりなのだ。つまりこの映画は、1979年の主人公のアップで終わる。
 疲れ倦み果てたものが、清新な、汚れる前のものに変化していくという不思議な感覚。主人公にまとわりつく深い澱が、時間を遡行することでひとつひとつ明らかにされ、剥がされていく。
 1980年の光州事件に兵士として関わることが、主人公の人生を狂わせるきっかけとなるのだが、その壊れゆく道程は、時代の波を受けながら、時代より遙かに長く、複雑だ。観客として、遡行する時間を体験することの苦さ。この映画の見せてくれた時間処理の手法は、一筋縄ではいかない余韻を残して、なかなか消えてくれない。

 韓国の生活に関わるディテールで、気づいたことがいくつか。
 ひとつは、キリスト教のこと。基督に祈りを捧げるシーンが重要な布石として出てくるのだけれど、韓国でのキリスト教の普及率は大変なものだそうで、韓国に詳しい友人によると、ビルの屋上に上って見渡すと、あちこちに十字架が望めるのだそうだ。
 もうひとつ、床屋さんと銭湯が共存している風景は、なんとも興味深かった。もっとも、髪をカットされる鏡の中に裸の他人が映り込むというのは、慣れなければ相当に異様な光景のような気もする。
 
 時間をさかのぼるたびに挿入されるインターバルが、ちょっと変わっている。カメラの目線は、車に乗って前に進む運転者の視線なのだが、周囲の乗り物や人間は、全部後戻り(バック)しているのだ。こういうギミックは人によって好き嫌いが分かれるだろうけれど、この映画に関しては、面白い効果を上げていた、と思う。

監督:イ・チャンドン
出演:ソル・ギョング、キム・ヨジン、ムン・ソリ、パク・セボム、ソ・ジョン
by shino_moon | 2005-05-24 00:41 | 映画(ハ行) | Comments(2)
Commented by ウブドちゃん at 2005-06-07 21:50 x
TBありがとう御座居ます。
ソル・ギョングつながりで『私にも妻がいたらいいのに』から
この作品に出会いました。
自分の記憶をこんなに掘り起こしてく作品ははじめてでした。
Commented by shino_moon at 2005-06-07 23:12
『私にも妻がいたらいいのに』って、タイトルがすでにいいですね。
なんということなく、脱力感があって。
レンタル店で見かけたら、借りて観てみます。
ソル・ギョングはいい俳優ですね。


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