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スパニッシュ・プリズナー(1997年)

『アンネの日記』が映画化されるらしい。監督はデヴィッド・マメット。マメットといえば、映画よりはむしろ、舞台の劇作家として著名な人である。
『アンネの日記』は偽物論争があったり、捏造騒ぎがあったり、出版から60年の間にスキャンダラスな扱われ方もされてきた。けれども、そうした物議はこの書物にとってさほど大きな問題ではなく、ユダヤ人迫害の被害者側から書かれた日記としての存在の意味を消すものではない。これからも読まれ続けてほしい書物だと思う。

それにしても、デヴィッド・マメットによる映画化は楽しみだ。アンネ・フランクは筆鋒鋭い一流の「観察者」で、その人間観察の豊かさをマメットがどう映像にするのか。
こんなに期待するのは、マメットが監督した『スパニッシュ・プリズナー』がとても興味深い映画だったから。彼が脚本を書いたアメリカ映画はたくさんあるけれど、監督をした映画は6本しかなく、日本で公開されたのは3本しかない。そのうちで観たことがあるのはわずか1本で、それが『スパニッシュ・プリズナー』だった。

ちなみに映画タイトルになっている「スペインの囚人」というのは、信用詐欺の手口のひとつ。タイトルがそのまま映画の内容を紹介してしまっているわけだけれど、この映画の面白さは、ストーリーそのものというよりは、詐欺の被害者である主人公の目を通して描かれる「人間の曖昧さ」にある。ストーリー重視の観客には物足りなかったようなのだけれど、私は存分に楽しんだ。
と書いているうちに、なんだかもう一度観たくなってきた。『アンネの日記』の完成・公開が近づいたら、テレビででもやってくれないかしら。
ついでなので、以前書いた映画のレビューを転載しちゃいます。

『スパニッシュ・プリズナー』(1997年)

市場を支配できるというデータ「プロセス」をめぐって、発明者のジョー・ロス(キャンベル・スコット)の身辺にいろんな人物が接近してくる。社長、新人秘書、リゾート地で出会った男、FBI捜査官、弁護士、刑事。この中でいったい誰が信用できる人物なのかは、主人公のジョーにも観客にもわからない。手がかりはジョーの視点を丹念に追う映像とセリフだけ。

人間がなにをもって「この相手は信用できるか」を判断しているかと考えてみると、じつはとても曖昧で脆弱な理由なのだということに気づく。会った回数、話した頻度、利害のありか、感じがいいかどうか、正直かどうか、自分に好意を抱いてくれているかどうか。

ところが、そうした自分の中の基準がじつはあまりあてにならないものであることを、この映画は最初とても細心に、やがて加速度的に明らかにしていく。なかでも、スティーブ・マーティン扮する「リゾート地で知り合った男」に対してジョーが抱く「不信」と「信用」の逆転はとてもわかりやすい。
男は最初いささか無礼であることで印象深く、つぎに相手の興味を引く話題を提供して再会の約束を取りつけ、それをすっぽかしてやきもきさせた後、その理由を明らかにしながらタイミング良く詫びを入れて相手を正式に食事に招待する。男はジョーの中で、「信用できない男」からいつのまにか「正直で信用できる男」へと変わっているのだ。

自分が生きている世界や人間というのが、じつは見る方向によって全然違うものに見えてしまうことを、観客はジョー・ロスの目を通してともに「体験」する。映画の話術によって世界が変容していくさまを目撃するときめきが、この映画にはある。
by shino_moon | 2009-08-17 00:07 | 映画(サ行) | Comments(0)


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