昨日の土曜日、3月に亡くなった知人のお墓参りに、亀戸へ。こよなくお酒を愛した人だったので、ワンカップの日本酒を買って持参し、墓前に供えてきた。
墓地に行く道の辺に、白曼珠沙華が咲いているのを発見。白い花は初めて見たのだが、赤い花ほど禍々しさがなく、かたちの面白さがフォーカスされる感じがする。意外にメカニックな形をしている花なんだな。
墓参の最中に足首を蚊にさされたらしく、痒い。
帰り、「船橋屋」でクリームあんみつを食す。蜜豆に餡、アイスクリーム、くず餅が入っている豪華版。もともとくず餅がこの店の本業だ。「くず餅一筋200年」。創業が文化年間という老舗で、店構えといい、商品の並ぶショーケースといい、ぴかぴかしたところのまったくない、古びた佇まいが落ち着く。
その後、竹橋へ。近代美術館で開催中の「ゴーギャン展」を観にいく。
思うのだけれど、ゴーギャンという画家に対する惹句を過剰と感じるのは、どうしてだろうか。「野性の目覚め」とか「人間存在への哲学的な思想」とか、余計なお世話、という感じがしてしまう。
ほかの画家に対しては、ここまで思わないのに。
ゴーギャンの絵には、観る者を、ただ虚心に眺めていたい、という気持ちにさせる何かがある。
「ノアノア」と題された版画の連作が面白かった。同じ版を使っても刷る人が変わると、こうも違うのか。それに触れる人の個性によって、オリジナルの魅力がさまざまに変容してゆく。
版画の版というのは、どこか「俳句」に似ているような気がする……のは、私だけだろうか。