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読書日記

子どものころ、本を読みながらご飯を食べていると「お行儀が悪い」と叱られた。でも、どんなに叱られても読書を中断することができず、ほとんど噛まないでそそくさと食事を終えると、まるで捕まえていないと逃げてしまう魚の尾ひれのように、本の栞を引いて頁を開いたものだった。

最近、あのころのように、いや、あのころよりはるかに天真爛漫に、ご飯を食べながら本を読んでいる。叱る人はもちろんいないし、食事中に立ち上がってご飯やおみおつけをよそったりする相手もいない。テレビもほとんど見ない。WCサッカーも見ているようなふりをしているが、実はフルで見たのは日本―パラグアイ戦がはじめてで、それも日本が負けたことで、私の中では終わってしまった。

・『1Q84 Book3』 村上春樹
昨年Book2を読んで、長年村上春樹を読んできた身にしてからが「勘弁してほしい」と思ったのだけれど(Book1の方が、まだしもマシに読めた)、Book3は面白かった。とりわけ、青豆と天吾がそれぞれの場所でそれぞれの日常を過ごすだけの、ストーリーにまで至らないダラダラした部分が。このふたりが他人と関わると、とたんにつまらなくなる。ことに、天吾が父親を介護している看護士の女の子と一緒に大麻を試したりするくだりは、どうしてそんなことをするのか(しなくてはいけないのか)よく分からない。そもそも、天吾はそうしたいと思ってないんじゃないの?だからやっぱりというべきか、二人の運命の再会に向かって話が動き始めると、急速に面白くなくなってしまった。
夫の感想は「総体的に面白くないが、なかではBook2が一番マシだった」であり、今年80歳になる父の感想は「Book1も2もなかなか面白い。Book3は、さて、どうなんかいな」であった。
Book3が面白いという私の感想に賛同してくれた人は、まだ一人もいない。

・『密会』 ウィリアム・トレヴァー
アイルランドの短編作家による短編集。ハッピーとは言えないがアンハッピーでもない、分かりにくいが分からなくもない人生の荒涼感のようなものがクセになる小説群だ。ただ、翻訳があまり良くなくて、まっすぐにその人物の核心に向かうべき箇所でもたもたしてしまい、短編の醍醐味を取り逃がすことがあったのが、残念でならない。ぜひ別の人の訳で読んでみたい。

・『猫ヲ祭ル』 千田佳代
著者はこの作品で、80歳で小島信夫文学賞を受賞した。
そんな冠を抜きにしても、深くしみる小説である。猫と一緒に老いてゆく日常のなかで、自身の戦争体験や過ごしてきた人生を遡る。気負いもてらいも甘えもなく、淡々と綴られる猫たちの印象深いこと!猫を描くことで生きてゆくことの哀しみが立ち上がってくるということでは、内田百閒の『ノラや』などの系譜に連なる佳作だと思う。
自分の死期を予感したノラ猫が、姿を消す前に主人公に会いに来るくだりは、内田善美のマンガ『空の色に似ている』なども思い出されて、うるうるがとまらない。
しかし、この小説に対する感度はナナを飼うことで培われたのだと思うと、ああ、ナナに会いたい。

・『骸骨ビルの庭』全2巻 宮本輝
父に『1Q84 Book3』を貸したら、この小説がくっついて返ってきた。最近、父との本のやりとりがなかなか楽しい。
にしても、この人の小説は、どれを読んでも面白い。人間の機微に対する感度が綿密で高いのだが、それでいながら、人間に対してどこか楽観的なのだ。だから、主人公の人生がどんなに過酷であったとしても、読者は無意識のうちに癒やされている。そんな感じがする。

・『恋愛太平記』 金井美恵子
上下巻の上巻を読み始めたばかり。金井美恵子という人は、ちょうど私が中学生のころよく雑誌などに登場していた詩人で、中学生にとってみれば「美人ではないけどどことなく寵児のような輝きを持つ、ちょっと手強そうな人」だった。世代的にこの詩人と重なると思われる西念寺の和尚にこの人のことを訊いてみたら、「アイドルだった」とのこと。「ちょっとなにかイベントなんかをやったときに、『そうだ、金井美恵子呼ぼうぜ』っていう感じの女の子だったよ」とのこと。この説明はとても分かりやすいけれど、なんというか、東京生まれの人っぽいなあ、この発言。
この人の小説を読むのは初めて。改行のほとんどない文章は独特だけれど、うねるようなリズムがあって意外に読みやすい。四人姉妹の物語は『細雪』などいろいろあるが、ある種女性社会の縮図みたいなところがあって、面白い、面白い。
by shino_moon | 2010-07-06 19:06 | | Comments(6)
Commented by 10key at 2010-07-06 23:32 x
金井美恵子。若い頃は、ごたぶんにもれず、よく読みました(20冊には行かないくらい)。

おもしろかったのか? 呼んだのだからおもしろかったのでしょうが、記憶はおぼろげ。ごく初期の「兎」とか短編集(?)が好きだったような。

こっちも中年になってから、ボヤキおばさんみたいなエッセイ集を読んだけど、2冊目には行かなかったです。

金井美恵子=東京、は正しくて、きっと、田舎に暮らす自分は、なんとなく「東京」だから読んでいたんだと、いま思い至りました。
Commented by shino_moon at 2010-07-07 20:46
天気さん;

「金井美恵子=東京」は、私も今回はじめて思い至りました。

「よく分からないけど、なんとなくスゴそうな人」という印象は、田舎にいて東京を思う気負い(若気のなんとか)みたいなものがそうさせたのかも。。

『言葉と〈ずれ〉』とか、評論を1,2冊読んだような記憶がありますが、私には難解で手に負えませんでした。
なので、小説の意外な読みやすさに、今回いささか拍子抜けしていますw
Commented by 六番町 at 2010-07-08 17:14 x
引っ越し歴数件目の家に、目白駅徒歩数分のアパートがありました。その頃だったかもっと後だったか忘れましたが、目白駅に出没する乞食のおばさん(当時はホームレスとは呼ばなかった)について金井美恵子がエッセイで書いていて、「ともかく遠目でみてひどくお洒落、その日のジャケットやセーターにあわせるように靴ひもがコーディネートされてる……近づくとその紐は荷造りなどによく使うビニールのあれだった…」といような内容でした。
私が駅でみかけて驚嘆していたおばさんでした。

よくあることですが、金井美恵子さんご自身は東京のご出身じゃありません。なにかの詩の賞の授賞式に、エナメルの、子どもが持つようなバッグをもって(もちろんそれに合うような服装で)出席されている写真に軽いショックを覚えたことを思い出しました。
金井姉妹は注目すべき映画の試写会にはことごとく居るとか、知り合いの編集者から伝え聞く猫への偏愛ぶりとか、そのような周辺情報を妙に覚えているだけで、私はたいした読者ではありません。

東京にいても気負い(若気のなんとか)は変わらないってことでしょう。

*バルセロナのファン(サッカーね)だと最近知りました。わお
Commented by shino_moon at 2010-07-08 23:00
六番町さん;

金井美恵子さん、wikiでみたら、群馬県高崎のご出身なんですね。
出生地で暮らし続けるには突出して才能がありすぎたり、個性的すぎたりして、東京に出てきてキラキラする人って、ありますよね。
青森の矢野顕子とか。
あの人は東京生まれで、幼いときに青森に移ったんでしたっけ?
でもたしか、高校生ぐらいの時に単身東京に出て来ちゃったんですよね。

そういう人たちのオーラこそ、田舎にいる私には「東京」そのものだと思えたのかも。

猫と言えば、アラーキーの愛猫チロが22歳で大往生したそうで、その写真展を南青山でやっているらしいです。観にいこうかなと思ったのですが、ネット上にあった写真、カメラを見つめるチロの表情を見ただけで、もう。。。
Commented by のよ at 2010-07-09 21:34 x
しのさんの読書日記や映画レビューを見ていると、いつも、よしこれ読んでみよう!見てみよう!って思います。
なんだか、私の感性にビビビってきます。

『1Q84』BOOK3の賛同者は現れましたか?(笑)
私は、偉そうに酷評しちゃったけど、それはしのさんの言う、他人とかかわるとつまらなくなる…というところに激しく同感で。
青豆と天吾以外の人物のエピソードがあるだけに、彼ら二人の純度が減っていくというような気分になりました。

だからいっそ、二人の往復書簡みたいな構成にすればいいのにって今思いました。
宮本輝の『錦繍』みたいに。
もういつ読んだかってくらい昔で内容は覚えちゃいないのだけど…。
”二人”に特化されたやりとりの、100% pure cashmereみたいな純度の高さが、『1Q84』BOOK3にあったらなと思ったり、思わなかったり、なのでした。
Commented by shino_moon at 2010-07-10 08:33
のよさん;

『錦繍』、面白かったねえ!大昔のことで私も内容は憶えちゃいないんだけど、宮本輝のことを「この人、上手いなあ」と思ったのは憶えてる。

「他人とかかわるとつまらなくなる」と何げなく書いたけど、それは村上春樹の小説全般に言えることかもしれない、といま気づきました。
往復書簡にするというのは、good ideaかも。しかも、簡単には会えないという設定は思いっきり生かして、でも手紙は届く、みたいな仕掛けをひとつつくって。

わたしの方こそ、いつものよさんの読書日記を読んで、「お、この人、読んでみよう」と思っています。絲山秋子とかまさにそう。
いただいた吉田修一は、今読んでる金井美恵子の次の順番なの。何年もかかっていろんな本を買いすぎていて(笑)、いま、片っ端から読んでます。楽しい。


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