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ヴェルクマイスター・ハーモニー(2000年)

渋谷のシアター・イメージフォーラムで鑑賞。

タル・ベーラの長回し。146分の作品に37カットしかない、と聞いて、ワンカットの中でカメラがどういう風に動いてカットをなしているかを確かめたいと思った。

上映時間7時間超えの『サタンタンゴ』は、途中で気を失っていたかもしれないほどの長尺で、カットを断片でしか覚えていない。それでも忘れられない印象的なシーンの連続だったが、今回はわずか!146分。スクリーンに吸い付いて見届けられるカットがいくつかあるだろうと思ったのだ。

素晴らしかった!タル・ベーラの長回し!

ただカメラを止めないで回しているのではない。鯨の剥製を積んだ大型トラックが広場に入ってきて、その横っ腹が画面をゆっくり過ぎてゆくカット。暴徒となった群衆が街を突き進むときの顔を正面から捉え続けるカット。主人公の青年ヤーノシュ(ラルフ・ルドルフ)と音楽家のエステル(ペーター・フィッツ)が並んで歩むときの横顔を延々と映し続けるカット。ヤーノシュが線路伝いに逃げるとき、彼を追いかけてくるように空を旋回するヘリコプターのカット。そして、それぞれの対象からカメラが離れ、見送り、カットが終わるときの手放し方。

そこには「時間」が映っている。空気が少しずつ変わり、不穏になってゆく「時間」が。

でも例えば、ヤーノシュが、身の回りの世話をしているエステルの自宅を訪ねてから玄関を出るまでの行動の逐一を伝えるカットでは、ふたりの人物像と関係がはっきり窺える。冒頭シーン、太陽と地球と月の関係を人間の動きで説明しようとするうちに、みんなで踊り始めてしまうワンカットもよかった。さらには、エステルと鯨の目が対峙するラストカットも。これらもまた「時間」だ。

見世物サーカス団のもたらした鯨へのぼんやりした恐怖、扇動的なスピーチなどによって人々の心の中にあった不安が増大し、大きな破壊衝動になってゆく一日を、ヤーノシュの目を通して描く。

鯨、天文学などと並んでこの映画のメタファーになっているのが、タイトルになっている「ヴェルクマイスター音律」だ。1オクターブを12の半音に等分した音律で、調律などに使われているそうだ。エステルはこの音律を「人為的で無為に複雑」と批判している。

天文学を愛するヤーノシュが体現する無垢な純粋さが蹂躙されてゆくような、現代社会の息苦しい複雑さと、破壊。制作から24年後のいま、それが体感として迫ってくる。

原作はあるが、ヤーノシュ役のラルフ・ルドルフに出会って、タル・ベーラが映画化を決心したという。ドイツの女優ハンナ・シグラが、権力に阿る俗物、エステルの妻役で出演している。ここ最近、新旧含め、彼女が出ている作品によく出会う。

できれば、もう一度観たい。

監督:タル・ベーラ
出演:ラルフ・ルドルフ、ペーター・フィッツ、ハンナ・シグラ ほか


# by shino_moon | 2024-03-11 11:53 | 映画(ア行) | Comments(0)

ゴールド・ボーイ(2024年)

なぬ!金子修介が監督してる!と発見して出かけた。彼の映画を観るのは「平成ガメラ三部作」以来。きっと中学生が事件に巻き込まれる「ジュブナイルもの」に違いない、金子修介だし、という予想は大きく覆され、本格的なクライム・サスペンスだった。

中国のベストセラー小説で、本国でドラマ化もされている原作(邦題『悪童たち』)を、沖縄に舞台を移して日本で映画化。中国の社会問題を反映しているという原作の味わいを残すことはむずかしかったかもしれないが、その分「純粋悪」の頂上決戦、みたいな展開になっていて、それはそれで見応えがあった。

とはいえ、「ジュブナイルもの」の味もほんのりとあって、胸に来る余韻がある。金子修介が少年少女を撮るとそうなるのよね。

面白かったが、これ以上は何も言えない。あらすじは何も知らないで観に行った方がいいタイプの映画なので、興味のある方はどうぞ劇場へ。

制作総指揮は中国の白金。中国資本が入っているのかと思ったが、クレジットは「日本映画」になっている。
キャストもよかった。冷たい美貌の岡田将生はサイコパスがよく似合う。中学生役の羽村仁成も達者でびっくり。星乃あんなの青春性が切ない。

監督:金子修介
出演:岡田将生、羽村仁成、星乃あんな、前出耀志、黒木華、松井玲奈、北村一輝、江口洋介 ほか

# by shino_moon | 2024-03-09 15:51 | 映画(カ行) | Comments(0)

ジャン=リュック・ゴダール/遺言 奇妙な戦争(2023年)

相変わらずさっぱり分からなかったが、ともかく観ておこうと思って行ったので、それでOK。上映時間20分という短さも背中を押してくれた。

この先何年生きるか分からないけれど、突然「ゴダールの全作品を観よう!」と思い立つかもしれないし、「ゴダールの遺作は、もしかしたらそういうことだったのか」と閃く瞬間が来るかもしれない。その可能性は限りなく無に等しいけれど、ゼロではない。

映画体験って、そういう、時も場所も予測できない僥倖のことですよね。

ほぼ静止画と文字のコラージュだけれど、ときどき音楽とゴダール自身の声が入って、それは「映画」になる。

と書きながら、「コラージュ」と「モンタージュ」はどう違うのかが気になった。それは追い追い調べよう。
ゴダールが死ぬ直前までブラッシュアップをしたという遺作を、リアルタイムに劇場で観ることができてよかった。

監督:ジャン=リュック・ゴダール

# by shino_moon | 2024-03-07 15:48 | 映画(サ行) | Comments(0)

落下の解剖学(2023年)

法廷会話劇。会話からあぶり出される人間関係を抉るように描いていて、それはとても面白かったのだけれど、見終わると「もやっとしたもの」が残る。なんだかなあ。

完全ネタバレしているので、これから観る方はご注意下さい。

夫が雪の山荘で転落死し、現場にいた妻のサンドラが容疑者として逮捕される。当人以外にふたりのようすを証言できるのは、視覚障害のあるひとり息子のダニエルだけ。それ以外に証拠となるものはなにもない。さて、どうするのか。

裁判で夫婦の秘密や闇がいくら暴かれても、私にはサンドラが夫を殺したようには思えなかった。彼女は精神的に自立した人物で、夫を殺さなくてはいけない理由がない。逆に、思い通りの人生を描けない夫には、自分で自分を追いつめてゆく姿が十分に想像できた。

ただ、夫が死んでいる状況で、夫婦の問題を語れるのはサンドラだけなので、サンドラ視点であることは否めない。サンドラが強すぎて夫の心を痛めつけたことも十分に理解できる。それに、冒頭のシーンでのサンドラのインタビュアーに対する態度はあまり感じのよいものではなかったし、裁判に勝利した後のサンドラも、不自然といえば不自然だった。有り体にいえば、観客を「ミスリードしよう」という意図が透けて見えた。

結果、サンドラを怪しいと思う観客がいるだろうことも分かるし、実際、そういう感想もたくさん目にした。

「見えている姿」だけで判断することのむずかしさが、そこにはある。だから、裁判の結果とは別に「実際はどうだったのか」を描くことは、やっぱり必要なのではなかろうか。

そこを描かないこの映画は、「人間を見る目」を観客に問うだけで、答えない。「どうぞ自由に解釈して下さい」は、映画にアリだと私は思っているけれど、この映画で試されているのは「人物をどう見るか」という視点の問題であり、これだけ多様な問題を含んだ関係の中でそれを観客に委ねることは、いまや思想や倫理観にも繋がってくる。だからもやっとするのだ。

結果的に母を救うことになる息子のダニエルの行動も、「大人の社会構造」を理解する途上での驚くべきアイディア。夫婦の地獄を見せつけられる彼の心をいたく心配しながら観ていたが、少しほっとしつつ、母親の強さを受け継いだんだなあ、としみじみする。今後どうなるかは未知だけれど。

ダニエルの相棒、愛犬のスヌープも名演技だが、できれば動物にあんな負荷をかけないでいただきたい、とも思う。

弁護士役のスワン・アルローの色気と信頼感の同居は、なかなか得がたいキャラクターだ。

あと、フランスの裁判ってあんなにゆるいのか。裁判官そっちのけで検察官と弁護士がやりあったり、被告人が突然しゃべり出したりする。検察官は証拠でも何でもない「別の状況での会話の録音」から被告人の人間性を一方的に決めつける。自由すぎて笑いそうになった。

監督:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レザルツ、メッシ(犬) ほか


# by shino_moon | 2024-03-05 17:14 | 映画(ラ行) | Comments(0)

ペーパーシティ 東京大空襲の記憶(2021年)

菊川で鑑賞。

監督は日本在住15年のオーストラリア人、エイドリアン・フランシス。オーストラリア映画。東京大空襲70周年の時期に被災者のインタビューを開始し、足かけ7年の歳月をかけて完成させたドキュメンタリー作品だ。

フランシス監督が東京大空襲のことを初めて知ったとき、それが、世界でも類をみないほどの死者を出した空襲でありながら、東京にその痕跡が残されていないことを疑問に思ったそうだ。調査も検証もされず、死者の氏名も、人数すら正確には分からず、戦後の保障もなく、国の作った慰霊碑すらない。それがこの映画を作った理由だという。

戦後生まれの日本人のアイデンティティに「空襲の記憶」がない。そうかもしれない、と思う。でもそれはどうしてなのだろうか。

おそらく、故郷のオーストラリアはもちろん、欧米ではそんなことはありえないのだろう。海外の視点から日本を観ることで気づくことがたくさんある。その重要性を、最近ことさら強く感じる。
この映画は、「反戦」にとどまらず、いろんなことを考えさせてくれる。今の社会のありようや仕組み、記憶を受け継ぐこと、街が街であり続けること、政治の劣化etc.

「ペーパーシティ」は、あのころの日本の家が主に木と紙でできていたことを指しているが、記憶がさまざまな「紙」の記録によってなんとか保たれているというメタファーも込められている。

空襲の被害を受けた下町、墨田区のStrangerで、3月10日の記念日を前にこの映画を上映するという企画。1週間の限定上映。見終わったあと、映画に出てきた森下、三ツ目通りをぶらぶら歩いて帰宅した。
こうした企画はこれからもどんどんあってほしい。

監督:エイドリアン・フランシス
出演:清岡美知子、星野弘、築山実 ほか


# by shino_moon | 2024-03-01 17:11 | 映画(ハ行) | Comments(0)